細胞の折り紙:器官の形が不可逆に作られる仕組みを解明
―発生原理の理解から組織工学・再生医療への貢献に期待―

掲載論文

Nature Communications オンライン版 2024/12/12掲載

Epithelial Folding Irreversibility is Controlled by Elastoplastic Transition via Mechanosensitive Actin Bracket Formation
(上皮の折り目の不可逆性は力学感知によるアクチンブラケットの形成を介した弾塑性転移によって制御される)

Aki Teranishi, Misato Mori, Rihoko Ichiki, Satoshi Toda, Go Shioi, Satoru Okuda
(寺西亜生,森美咲都,一木梨穂子,戸田聡,塩井剛,奥田覚)

URL:https://doi.org/10.1038/s41467-024-54906-7

概要

本研究グループは、上皮シートの折り目がL字金具のようなアクチン分子の集積構造によって不可逆的に作られる仕組みを解明しました。

私たちの身体が作られる発生の過程では、シート状の上皮組織(※1)(以下、上皮シート)がまるで折り紙のように複雑に折り畳まれることで、各器官の「形」が作られます。この過程で重要なのは、上皮シートに「折り目」が一度形成されるとそれが元に戻らないという不可逆性を持つ点です。もし、この折り目が元に戻ると、複雑な形状が単純なシートに戻ってしまい、正常な器官の構造が形成できなくなってしまいます。そのため、この折り目の不可逆性は、身体や器官が正しく形作られるために不可欠な性質といえます。ところが、これまで生物学の歴史において、この「形が元に戻らない」という現象は当然の事実として捉えられ、その仕組みについては長い間不明のままでした。

本研究グループは、この折り目の不可逆性を計測するための新しい実験装置を開発し、培養した上皮シスト(※2)や脊椎動物の目の発生段階の1つである眼杯のオルガノイド、マウス胚の眼組織に適用しました。その結果、上皮シートの折り目が不可逆となる過程は、加えられた変形の「時間」と「変形量」によって、スイッチのように変化することを、初めて明らかにしました。さらに、その仕組みは、加えられた変形の時間と変形量を細胞が感知して、L字金具のような「アクチンブラケット(※3)」構造を形成することで制御されることも発見しました。

図1 本研究成果の概要


これらの結果は、器官の形が不可逆に作られる根本的な仕組みを示しており、発生・再生現象の理解に加え、組織工学・再生医療分野において貢献が期待されます。

背景

近年、iPS細胞などの幹細胞を試験管の中で培養し、人工的に作製した組織を人体へ移植する「再生医療」の研究が盛んに行われています。しかし、試験管の中では、同じ培養条件であっても同じ形の組織が作られるわけではなく、作られる組織の形が大きくバラついてしまいます。そのため、現在のところ、網膜のような複雑な構造を持つ器官の立体形状を高精度に再現する技術は実現できていません。この問題を解決するためには、作製する器官の形作りの仕組みを理解し、その過程を試験管の中で正確に制御する必要があります。

器官が作られる発生の過程では、シート状の上皮組織(以下、上皮シート)がまるで折り紙のように複雑に折り畳まれることで、各器官の「形」が作られます。この過程で重要なのは、一度形成された上皮シートには「折り目」が元に戻らないという不可逆性がある点です。仮に折り目が元に戻ってしまう(可逆性がある)と、複雑な形状が単純なシートに戻ってしまい、正常な器官の構造を形成することができません。例えば、脳や眼、消化器など、多くの器官には数多くの折り目が存在し、それらのほとんどは発生の過程で形成され、生体が成長した後も維持されています。したがって、この折り目の不可逆性は、器官が正しく形成されるために不可欠な特性です。

上皮シートの折り目の形成は、器官の形作りに深く関わっていることから、これまで多くの研究が行われてきました。特に、単純な上皮シートがどのようにして折り畳まれ、折り目が形成されるかという仕組みについては、さまざまな研究が進められてきました。例えば、これまでの研究により、上皮シートの一方の面である頂端面において、細胞骨格を構成するアクチン分子(※4)やモータータンパク質(※5)であるミオシン分子が集まって収縮力を生み出すことで、上皮シートを一方向に曲げることが分かっています。ところが、こうして形成された折り目が「元に戻らない」という現象は、長い生物学の歴史において当然のこととされてきたため、その仕組みについては長らく未解明のままでした。では、この折り目の不可逆性はどのように生じるのでしょうか。

図2 器官形成の理解と制御における上皮シートの不可逆的な折り目形成の重要性


物質の変形に関する特性を扱う材料力学の学問分野では、「弾塑性(※6)」という特性が不可逆な変形を示す指標として知られています。弾塑性は、物体に変形が加えられた際に、変形が元に戻る「弾性」と、元に戻らず形が保持される「塑性」の両方を含む特性です。しかし、生きた細胞で構成される上皮シートに対して、折り目のような複雑な三次元変形を加える技術がこれまで存在しなかったため、この弾塑性の特性を調べることはできませんでした。

研究手法・成果

本研究では、細胞培養技術とマイクロ操作技術を組み合わせ、生きた上皮シートに対して複雑な三次元変形を加える新しい技術を開発しました。この技術により、上皮シートの折り目の弾塑性を計測することが可能になりました。具体的には、培養チャンバー内にピエゾマニピュレータ(※7)を設置してガラスピペットを操作し、立体的な上皮シートに折り目を作成しました。その後、ガラスピペットを一定時間保持し、ピペットを引き離した後に折り目が元に戻るかどうかを観察しました。

実験の結果、上皮シートの折り目が不可逆となる過程は、変形を加える「時間」と「変形量」によってスイッチのように変化することを初めて発見しました。特に、変形を加える時間が13分を超え、かつ、変形量(曲率)が0.13μm-1を超えた場合、折り目は元に戻らず(不可逆/塑性的に)保持されることが分かりました。一方で、時間や変形量が閾値に満たない場合は、折り目が元に戻る(可逆/弾性的に)ことも明らかになりました。さらに、これらの弾性的・塑性的な応答は、閾値付近でスイッチのように急激に変化するため、この現象を「弾塑性転移」と名付けました。これらの結果から、上皮シートを構成する細胞は、加えられた変形の時間と量を感知し、弾性的または塑性的な応答を切り替えるメカニズムを持つと示唆されます。

図3 上皮シートが変形の時間と量に依存して弾塑性転移を引き起こすことを発見


細胞が上皮シートに加えられた変形の「時間」と「量」をどのように感知するのかを解明するため、制御分子のライブイメージング観察(※8)と薬剤処理による分子機能阻害実験を行いました。その結果、上皮シートに与えられた変形量が閾値を超えると、二つの分子シグナルが活性化されることを発見しました。一つ目は、成長因子受容体であるEGFR(※9)とその下流のPI3kおよびAktです。二つ目は、機械刺激受容チャネル(※10)であるTRPC3/6と、その下流で生じるカルシウム発火(細胞内のカルシウム濃度が一過的に上昇する現象)です。特に、カルシウム発火は上皮シートの折り目の内側(頂端面)で特異的に生じることが確認されました。これらの二つの分子シグナルは、弾塑性転移に必須であり、細胞がこれらのシグナルを通じて、上皮シートに加えられた変形を感知していることが解明されました。

最後に、細胞が弾性的または塑性的な応答を切り替えるメカニズムを探るため、細胞の形の維持や変形に重要なアクチン分子に着目しました。ライブイメージング観察の結果、アクチン分子が折り目の内側(頂端面)に集まり、L字金具のような「アクチンブラケット」構造を形成する現象を発見しました。また、分子機能阻害実験によって、このアクチンブラケットが弾塑性転移を引き起こしていること、そしてその形成時間を操作することで、弾塑性転移の時間を制御できることを突き止めました。これらの結果から、細胞は分子シグナルを介して上皮シートに加えられた変形の時間と量を感知し、アクチンブラケットを形成することで、折り目の不可逆性を調整していることが明らかになりました。

図4 細胞が変形の時間と量を感知してアクチンブラケット構造を形成することを発見


今後の展開

本研究によって解明された「上皮シートの折り目の不可逆性を制御する仕組み」は、器官が一度形成されるとその形が元に戻らないという、発生生物学における根本的な疑問に答える画期的な発見です。上皮シートの折り目は、体内の多くの器官に存在するため、この発見により、各器官の発生や再生メカニズムに対する理解が一層深まることが期待されます。しかしながら、器官形成の過程でこの不可逆性がどのように制御されるかについては、依然として未解明な点が多く、今後さらなる研究が必要です。加えて、試験管内における器官形状の精密な制御は、再生医療における組織作製において今後の重要な課題となっています。本研究の知見は、こうした組織の形を精密に制御するための新たな指針を示しており、未来の組織工学や再生医療への貢献が期待されます。

用語解説

※1 上皮組織
体表、体腔、器官の表面を覆うシート状の組織のこと。皮膚の表皮、腸の粘膜上皮、脳表面の神経上皮が例として挙げられる。構成する細胞同士が密に接着することで内側と外側を隔てる役割を持つ。発生の過程では折り畳まれることで器官の形を決定する。

※2 上皮シスト
上皮細胞によって形成される球状組織。内部に空洞を持ち、その周囲を単層の細胞が囲むような構造を有する。細胞を細胞外基質から成るゲルの中で三次元的に培養することで作製される。三次元上皮組織のモデルとしてよく用いられる。

※3 アクチンブラケット
細胞骨格を構成するアクチンによって形成される構造。上皮の折り目を覆うようにアクチンが重合することによって形成され、組織の形を維持する役割を持つ。本研究で初めて発見され、L字金具のような働きを示すことにちなんで命名された。

※4 アクチン分子
細胞骨格を構成する分子の一つで細胞の形状を保つ役割を持つ。重合によって繊維状の構造を形成し、単量体をG-アクチン、重合体をF-アクチンと区別して呼ぶ。細胞内ではアクチン同士の重合と脱重合によって、細胞の形態や運動が制御されている。

※5 モータータンパク質
細胞内で分子を輸送する役割を持つタンパク質。特定の分子を細胞骨格に沿って移動させる。アデノシン三リン酸(ATP)をエネルギー源として利用し、加水分解によって生じる化学エネルギーを運動エネルギーに変換する。

※6 弾塑性
力を加えると変形するが、力を除かれると元の形に戻る性質(弾性)と力が除かれても元の形に戻らない性質(塑性)を両方とも持つ性質。弾塑性を持つ物質は加えられた力に応じてどちらの性質が働くか決まる。

※7 ピエゾマニピュレータ
ピエゾ素子(圧電素子)を動力源とするマニピュレータ(物体を操作するための装置)。ピエゾ素子は電圧をかけることで微小な変位を生じる特性を持つため、微細な操作が可能となる。

※8 ライブイメージング観察
細胞や組織を生きたまま可視化する技術。細胞内の分子状態や細胞の動きをリアルタイムで記録することができる。

※9 EGFR
上皮成長因子受容体(Epidermal Growth Factor Receptor)のこと。細胞膜上に分布し、細胞外からの刺激に応じて増殖や分化を制御する。近年、細胞に加えられた力を感知する役割を持つことが報告されている。

※10 機械刺激受容チャネル
細胞膜に存在するイオンチャネルで、機械刺激によって細胞に力が加えられると開口する。開口すると細胞外からカルシウムやナトリウムなどのイオンが細胞内に流入する。

プレスリリース・メディア

金沢大学ナノ生命科学研究所医薬保健研究域附属サピエンス進化医学研究センターナノ精密医学・理工学卓越大学院プログラム⾦沢⼤学博⼠研究⼈材⽀援・研究⼒強化戦略プロジェクト(HaKaSe⁺)