新規AFM技術によって組織内部の剛性マッピングを実現
―皮膚内部のかたさ分布が成長過程で逆転することを解明―

掲載論文

Acta Biomaterialia オンライン版 2024/10/7掲載

Ex vivo SIM-AFM measurements reveal the spatial correlation of stiffness and molecular distributions in 3D living tissue
(生体外SIM-AFM測定が3次元生体組織における剛性と分子の分布の空間的相関を明らかにする)

Itsuki Shioka, Ritsuko Morita, Rei Yagasaki, Duligengaowa Wuergezhen, Tadahiro Yamashita, Hironobu Fujiwara, Satoru Okuda
(詩丘伊月,森田梨津子,矢ヶ崎怜,Duligengaowa Wuergezhen,山下忠紘,藤原裕展,奥田覚)

URL:https://doi.org/10.1016/j.actbio.2024.09.023

概要

本研究グループは,生体組織内部のかたさ(専門的には剛性(※1))の空間分布を測定する新規の原子間力顕微鏡(AFM)(※2)技術の開発に成功し,皮膚内部のかたさ分布が成長過程でダイナミックに変化することを解明しました。

赤ちゃんの肌は“ぷにぷに”していて大人の肌とは異なります。このような肌の感触の違いは何に起因するのでしょうか。その答えの一つとして考えられるのが,組織内部の剛性です。しかし,これまでは,生体組織内部の剛性の空間分布を適切に測定する技術がなかったため,その詳細は知られていませんでした。 本研究グループは,AFMを用いた新しい測定技術を開発し,組織内部の剛性分布を取得することに成功しました。さらに,この技術を用いてマウスの皮膚内部の剛性分布を測定したところ,誕生前や生後間もない時期には皮膚の内側が外側よりもやわらかいのに対し,成体では逆転することを見出しました(図1)。また,生体分子の一種であるコラーゲン(※3)は,皮膚の剛性を決める主要な成分の一つであることを明らかにしました。

図1 本研究成果の概要


コラーゲンは,誕生後の皮膚内部で急増するため,このような生体分子が成長による皮膚の剛性の変化を生じている可能性があります。今回開発した測定技術は,皮膚だけでなく幅広い生命現象の理解に役立つとともに,再生医療や組織工学の分野にも貢献すると期待されます。

背景

組織の剛性は,その種類や成長段階,疾患の有無によって全く異なります(図2)。例えば,脳や皮膚がやわらかく,骨や腫瘍がかたいことは一般的なイメージの通りです。また,組織の剛性は,成長過程やがんの進行過程において大きく変化することが報告されています。しかし,これまでの研究では,組織ごとの大まかな違いやその変化が明らかにされた一方で,生きた組織内部の詳細な剛性分布については不明な点が多く残されています。

図2 組織の剛性はさまざまな生命現象において重要な役割を担う


組織の剛性は,細胞の種類や密度,細胞が生成する分子など,細胞の振る舞いによって決定されます。また,近年の研究では,このような剛性の変化が,逆に細胞の振る舞いを制御する重要な役割を果たすことが示されています。これらの組織の剛性と細胞の振る舞いの相互作用は,組織や個体レベルの生命現象を引き起こします。例えば,皮膚の感触は組織内部の剛性に起因し,その剛性の決定には細胞が作り出すコラーゲン等の分子が重要であると考えられます。このような組織における剛性の生物学的な役割を理解するためには,剛性のダイナミクスを細胞の振る舞いと対応付けることが必要です。しかし,従来の測定技術では生きた組織内部の詳細な剛性分布を取得し,細胞の振る舞いを反映する分子の分布と対応付けることができていませんでした。

研究手法・成果

本研究グループは,生きた組織内部の剛性分布と分子分布を対応付けるex vivo SIM-AFMを開発しました(図3)。この測定技術は,組織スライスを生きた状態で維持できる生体外培養技術(ex vivo培養技術)(※4),分子分布を高解像度で取得できる正立の構造化照明顕微鏡(SIM)(※5),試料表面を探針で走査することにより詳細な剛性分布を取得できるAFMを組み合わせることで,培養下で生きている組織スライスの明瞭な分子分布と同じ位置の剛性分布のペアを取得することを可能にしました。この測定技術をマウスの皮膚に応用して,皮膚組織の内部の剛性分布が成長過程でダイナミックに変化することを突き止めました。

図3 マウス皮膚の剛性分布は成長過程においてダイナミックに変化する


測定の結果,マウスの皮膚は外層の表皮,内層の真皮,毛包等複数の組織構造からなり,それらに対応したとても不均一な剛性分布を持つことが分かりました。また,誕生前後で皮膚組織内部の剛性は顕著に増加しました。さらに,誕生前や生後間もないマウスの皮膚は表皮より真皮がやわらかいのに対し,成体のマウスではその関係が逆転するという結果が得られました。一方で,今回の計測では立体組織をスライスにして計測しているため,得られた皮膚内部の剛性分布やその制御機構については今後さらに検証が必要です。

さらに,本研究グループは,どのような分子が剛性に寄与しているかを調べる実験を行いました(図4)。コラーゲン分子は肌の弾力に重要と考えられています。このコラーゲン分子を分解する酵素を加え,皮膚組織の剛性分布の変化を観察しました。
図4 コラーゲンは皮膚において剛性を担う主要な構成要素である


酵素を加えた1時間後は,加える前よりもやわらかくなっていました。このことから,皮膚においてコラーゲンが剛性を担う主要な構成要素であることが明らかになりました。コラーゲンの量は,剛性と相関しており,また,出生後のマウス皮膚の真皮で急速に増加することが知られています。したがって,出生前後における真皮の剛性増加は,コラーゲン分子の量に起因すると予想されます。このような皮膚内部における分子由来の剛性分布が,肌の感触の違いを生じさせる可能性があります。

今後の展開

本測定技術は皮膚だけでなくさまざまな器官,胚組織,病理組織片等に適用できるものであり,組織の持つ機械的な特性が果たす生物学的な役割の理解に大きく貢献すると考えられます。また,組織内部の機械特性のダイナミクスとその役割が分かれば,細胞培養環境を時空間的に制御することを目的とした最先端のバイオマテリアルの設計に役立つ可能性があるため,再生医療や組織工学の分野にも貢献することが期待されます。

用語解説

※1 剛性
ものに力を加えたときの「変形しにくさ」を示す性質のこと。

※2 原子間力顕微鏡(AFM)
試料表面上を微小な探針で走査し,試料と探針の間に働く力を検出する装置。表面形状の取得に加え,適切なモデルを用いることで弾性率などの機械的特性をマッピングできる。

※3 コラーゲン
タンパク質の一種。多くの種類があり,コラーゲンIは皮膚の真皮に多く存在し,弾力や強度に重要な役割を果たす。

※4 生体外培養技術(ex vivo培養技術)
生物から取り出した立体的な組織を,生体外で培養する技術のこと。

※5 構造化照明顕微鏡(SIM)
縞状に照明することを構造化照明といい,縞の幅と方向を変えながら複数回照明して得られた像を合成し,高解像度の画像を得る顕微鏡。光の回折限界を超えた微細構造の観察が可能。

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