眼杯組織の形作りでは、多くの細胞が増殖したり、死んだり、異なる細胞種へと分化したり、変形したりしながら、組織全体の立体的な形を作ります。本研究グループでは、このような複雑な形作りの仕組みを理解するため、コンピュータを使って組織の立体的な動きを予測する、新しいシミュレーション技術を開発しました。このシミュレーション技術により、コンピュータ内のバーチャルな世界で器官の形作りを再現し、その仕組みを予測できるようになりました(図2下)。さらに、シミュレーションによって予想された仕組みが正しいかどうかを、ES細胞から作製した眼杯組織(図2上)を使った実験で確かめ、未知であった眼杯組織の形作りの仕組みを解明しました。
研究の結果、眼杯組織の丸い形は、図3のように作られることが分かりました。はじめに、脳から突出した神経組織の内側の面には、ミオシンが集まり、内側の面を収縮する力が働いています(⓪)。まず、突出した組織の先端が網膜組織へ分化し、内側に溜まったミオシンの働きが弱まることで、網膜組織が自発的に内側へ入り込みます(①)。この網膜組織の自発的な入り込みにより、網膜組織と周辺の網膜色素上皮との境界(カップの縁)の細胞は、無理やり曲げられます(②)。この境界の細胞は、無理やり曲げられたことで生じる機械的な力を感じ取り、それをきっかけにして組織の厚み方向に沿って能動的に収縮することで、網膜組織をさらに内側へ押し込みます(③)。つまり、境界の細胞は、機械的な力を通して、眼杯組織全体の変形度合いを感じながら、その丸い形を微調整していることが分かりました。
本研究グループは、人を含む生物の形作りにおける、新しい組織形態の調節機構を発見しました。これまでの研究で、組織内に広がる液性の分子が組織の形の一部を調節することが分かっていましたが、液性の分子だけでは立体的な組織全体の形の変化を1つ1つの細胞へ正確に伝えることは困難です。一方で、機械的な力は、このような立体的な形の変化を各細胞へ伝えることが可能です。
また、この組織形態の調節機構の発見により、本研究グループで開発したシミュレーション技術が器官の形作りの予測に役立つことが示され、器官の形作りの理解に向けた新しいアプローチとなることを提案しました。ました。このシミュレーション技術により、コンピュータ内のバーチャルな世界の中で立体的な組織の形を1細胞のレベルから再現し、その機構を予測することが可能になりました。また、眼杯組織だけではなく他の組織にも応用できます。