器官発生における力学フィードバック機構

掲載論文

Science Advances オンライン版 2018/11/22掲載

Strain-triggered mechanical feedback in self-organizing optic-cup morphogenesis
(眼杯組織の形態形成におけるひずみ惹起性力学フィードバック作用)

Satoru Okuda, Nozomu Takata, Yuiko Hasegawa, Masako Kawada, Yasuhiro Inoue, Taiji Adachi, Yoshiki Sasai, Mototsugu Eiraku
(奥田覚,高田望,長谷川結子,川田正子,井上康博,安達泰治,笹井芳樹,永樂元次)

URL:https://doi.org/10.1126/sciadv.aau1354

概要

本研究では、目の丸い形の元となる「眼杯組織」の形態が作られる仕組みを解明しました。生物の形作りは、人の身体の発生や疾患などの様々な生命現象に関わるため、基礎研究と医療の両方にとって重要です。特に、試験管の中での「器官の形作り」を理解し操作することは、今後の再生医療に使用する組織の立体形状を制御するためには重要だと考えられています。本研究グループはまず、複雑な眼杯組織の形が作られる仕組みを理解するため、実験で得た眼杯組織の情報を基にしてコンピューターシミュレーションを行いました。そして、眼杯組織の丸い形を作るためには、組織の場所ごとに細胞が異なる力を生み出す必要があると予測しました。また、マウスの胚性幹細胞(ES細胞)を培養して作製した眼杯組織を使って、この予測を確かめました。さらにその結果から、眼杯組織の丸い形が作られる際には、1つ1つの細胞が、眼杯組織全体の変形度合いを感じながら、その丸い形を微調整していることが分かりました。これらの発見は、「器官の形作り」に対する機械的な力の新しい役割を示しており、今後の再生医療に必要となる、試験管内での複雑な組織・器官の作製に役立ちます。

背景

近年、iPS細胞やES細胞を試験管の中で培養し、人工的に作製した細胞・組織を人体へ移植する「再生医療」の研究が盛んに行われています。しかし、試験管の中では、いつも同じ形の組織が作られるわけではなく、作られる組織の形が大きくバラついてしまいます。そのため、現在のところ、網膜のような複雑な構造を持つ器官の立体形状を再現よく作製する技術は実現できていません。この問題を解決するためには、作製する器官の形作りの仕組みを理解し、試験管の中でのその過程を正確に制御する必要があります。

本研究グループは、数多くある器官の中でも、網膜の組織の元となる「眼杯組織」に着目しました(図1)。この眼杯組織は、複数の細胞種からなるカップ状の丸い形をした組織であり、再生医療で移植が検討されている網膜組織を含んでいます。眼杯組織の形作りの過程では、まず、シート状の脳組織の一部が外側へ突き出します。次に、突き出たシート状の脳組織の先端が網膜組織へと分化しながら内側へ入り込み、カップ状の二重構造を作ります。さらに、カップの淵の組織が尖ることで、眼杯組織の丸い形が作られます。

このような目の丸い形は、魚、鳥、人など、様々な動物に共通します。また、その元となる眼杯組織の構造は高等学校の生物科目の教科書に登場するように、一般的によく知られています。本研究グループは、以前の研究で、ES細胞を培養して眼杯組織を作製することに成功し、眼杯組織の丸い形が脳組織から突出した神経組織のみの力で作られることを明らかにしました。また、内側に入り込む領域で特異的にミオシンと呼ばれるタンパク質の活性が弱まることや、細胞増殖がカップ形成に重要な役割をすることが分かっていました。しかし、これらの細胞レベルの現象がカップ全体の形作りにどのように寄与するかは未だ分かっておらず、目の丸い形が作られる詳しい仕組みは未解明なままでした。



研究手法・成果

眼杯組織の形作りでは、多くの細胞が増殖したり、死んだり、異なる細胞種へと分化したり、変形したりしながら、組織全体の立体的な形を作ります。本研究グループでは、このような複雑な形作りの仕組みを理解するため、コンピュータを使って組織の立体的な動きを予測する、新しいシミュレーション技術を開発しました。このシミュレーション技術により、コンピュータ内のバーチャルな世界で器官の形作りを再現し、その仕組みを予測できるようになりました(図2下)。さらに、シミュレーションによって予想された仕組みが正しいかどうかを、ES細胞から作製した眼杯組織(図2上)を使った実験で確かめ、未知であった眼杯組織の形作りの仕組みを解明しました。



研究の結果、眼杯組織の丸い形は、図3のように作られることが分かりました。はじめに、脳から突出した神経組織の内側の面には、ミオシンが集まり、内側の面を収縮する力が働いています(⓪)。まず、突出した組織の先端が網膜組織へ分化し、内側に溜まったミオシンの働きが弱まることで、網膜組織が自発的に内側へ入り込みます(①)。この網膜組織の自発的な入り込みにより、網膜組織と周辺の網膜色素上皮との境界(カップの縁)の細胞は、無理やり曲げられます(②)。この境界の細胞は、無理やり曲げられたことで生じる機械的な力を感じ取り、それをきっかけにして組織の厚み方向に沿って能動的に収縮することで、網膜組織をさらに内側へ押し込みます(③)。つまり、境界の細胞は、機械的な力を通して、眼杯組織全体の変形度合いを感じながら、その丸い形を微調整していることが分かりました。



本研究グループは、人を含む生物の形作りにおける、新しい組織形態の調節機構を発見しました。これまでの研究で、組織内に広がる液性の分子が組織の形の一部を調節することが分かっていましたが、液性の分子だけでは立体的な組織全体の形の変化を1つ1つの細胞へ正確に伝えることは困難です。一方で、機械的な力は、このような立体的な形の変化を各細胞へ伝えることが可能です。

また、この組織形態の調節機構の発見により、本研究グループで開発したシミュレーション技術が器官の形作りの予測に役立つことが示され、器官の形作りの理解に向けた新しいアプローチとなることを提案しました。ました。このシミュレーション技術により、コンピュータ内のバーチャルな世界の中で立体的な組織の形を1細胞のレベルから再現し、その機構を予測することが可能になりました。また、眼杯組織だけではなく他の組織にも応用できます。

波及効果、今後の予定

本研究グループで発見した組織形態の調節機構は、様々な器官の形作りにも共通する可能性があり、基礎生物学における多様な器官の形作りの理解につながることが期待されます。また、この機構をうまく利用することができれば、試験管内での器官の形作りをより正確に制御できる可能性もあります。さらに、この組織形態の調節機構の発見には、コンピュータを使ったシミュレーション技術による予測が役立ちました。したがって、このシミュレーション技術は、他の組織・器官の形作りの理解や、奇形や癌などの疾患の理解にも役立つ可能性があります。そこで今後は、発見した組織形態の調節機構の理解をより深めるとともに、シミュレーション技術の予測精度を高めることにより、さらに複雑な組織・器官の作製を実現し、未来の再生医療へ貢献したいと考えています。

プレスリリース・メディア

京都大学科学技術振興機構(JST)理化学研究所日本医療研究開発機構(AMED)EurekAlert! Science News毎日新聞日刊工業新聞OPTRONICS ONLINEニューススイッチライブドアニュースYahoo!ニュース産経新聞